令和6年3月に移転した多摩消費生活センターに、東京都立大学の宍戸哲也教授をお迎えし、講演会「多摩から発信~持続可能なやさしい未来へ 炭素循環社会へ『グリーン水素』の挑戦」を開催しました。地球温暖化が進む中、二酸化炭素(以下CO₂と表記)排出量削減に向けた動き、「炭素循環社会」を形成するためにはグリーン水素を使うことが重要というお話をお聞きし、未来のエネルギーについて考える機会となりました。
講演会後にワークショップ、東京の木(多摩産材)であるヒノキを使ったマイ箸づくりと、「メディア・リテラシーかるた(NHK財団制作)に挑戦」を開催しました。木の香りに包まれたマイ箸づくりとメディア・リテラシーを学べるかるたは、どちらも参加者が楽しく熱心に取り組む姿が見られ、大変好評でした。
![]() 講師の宍戸哲也さん |
以下、講演会の報告です。
今日は水素の話をします。水素を使うということは、CO₂を減らすことです。「脱炭素」という言葉は科学(化学)的には間違いで、「炭素循環」というのが正しいのです。なぜなら、人間や生物のからだや食べ物は基本的には炭素という元素からできていて、炭素を使わない社会は不可能で、炭素を循環させる社会体系をつくることが必要であると、日本化学会が提言しています。
世界のエネルギー消費量の約80%は石油、天然ガスや石炭などの化石燃料を使用しています。1800年代から化石資源を使うエネルギー消費量が急増しています。現在の世界人口は約80億人、2023年の世界全体のエネルギー消費量は620EJ(エクサジュール:ギガの1億倍)と過去最多です。携帯電話や冷蔵庫などに加え、データセンターでコンピューターを冷やすために電力を大きく消費し、OECD加盟国である先進国だけでなく、非OECD諸国(発展途上国)でも人口増加に伴いCO₂排出量が増えています。
「電気」エネルギーをつくるときには、CO₂が出ていないかが問題です。
現在、日本では火力発電が約80%。化石資源(炭素(C)と水素(H)の組み合わせ)を燃やして(酸素(O)と反応させて)、出る熱を使って電気をつくりますが、燃やす際に必ずCO₂が発生し、エネルギー変換の過程で、約4割のロスが生じます。
天然ガスは日本では1%位しか採れず、大半は海外からの輸入で、-162℃に冷やし液体にして運びます。日本は世界の液化天然ガス(LNG)の約22%を輸入していて、再生可能エネルギーを使うにもバックアップに天然ガスを要するため、社会情勢が安定し、資源価格も安定することが大切です。
日本の温室効果ガス排出量は約85%が電力、車、産業などからのエネルギー起源です。東京都は工場が少なく空調設備からが多いです。昨年(2023年)は419.3ppmとごく小さい値とはいえ、環境への影響は大きいです。世界の平均気温を一定にするにはCO₂の累積排出量を一定に、つまり増加分をゼロにする必要があります。さらに、CO₂排出を減らすだけでなく、回収して資源化することをセットにして取り組む必要があります。
燃料電池は水素と酸素から「電気」エネルギーを生み出し、排出物は水のみでCO₂は一切出ないことに加え、熱力学の変換効率は最大値約83%と効率が良いものです。都内では水素燃料電池バスは約100台、家庭用燃料電池は約40万台と、周囲に成果は出てきてはいますが、なかなか導入が進まないのは訳があります。
![]() 講師資料:電気エネルギーのつくり方 |
酸素は空気中に含まれますが、水素元素は水素という形ではほとんど存在していません。
燃料電池は、送電ロスが大きい火力発電と比べ、水素を原料として約86%が電気とお湯として使え、お湯を使う量が多い家庭には効率が良いです。自動販売機や家庭用燃料電池は1000W毎分10ℓ、燃料電池自動車は50000W毎分500ℓと多量の水素が必要です。
水素元素は水素という形ではなく、水やメタン、メタノールなどの様々な有機化合物に水素分子という形で存在しています。
![]() 講師資料:グレー水素・ブルー水素・グリーン水素 |
では、水素はどうやってつくるのでしょうか?
①化石資源(天然ガス)を利用する方法(天然ガスの改質反応):世界の水素製造の90%はこの製法で、メタンと水に700~800℃くらいの熱を加えて水素をつくりますが、熱エネルギーを投入するロスとCO₂排出の問題があり、「グレー水素」といいます。
②バイオマスを利用する方法(バイオマスの改質反応):植物が光合成でCO₂を使うため、同じ原理の天然ガスからつくるより環境には良いとされています。食べ物との競合や森林資源の伐採も避けねばなりませんし、コストも高く技術の確立が望まれます。
③再生可能エネルギーと水を利用する:水に電流を流し電気分解させると水素と酸素が発生します。再生可能エネルギーを使用した電気を使えば化石資源も枯渇せず、CO₂を排出しないクリーンな水素「グリーン水素」がつくれます。ただし、風力や太陽光などは天候や日照に左右されるため電気を貯めたり運んだりする技術が必要で、その媒体として水素は有効です。
その他、水電解や光触媒などの方法で太陽光を利用して水から水素をつくる研究も盛んです。これらも「グリーン水素」ですが、問題はコストです。
太陽のエネルギーは膨大でほぼ無尽蔵なので、効率よく使えばエネルギー問題は原理的には解決します。今までは石油や石炭の形で貯蔵し利用していました。今後は太陽からのエネルギーはなるべくそのまま使い、地下にあるエネルギーは温存し、どうしても必要になる服とか化学繊維など必要なモノづくりなどに使うようにしなければならないでしょう。
発電電力量に占める再生可能エネルギーの比率を見ると、日本は水力発電を含み約2割(2022年)、再エネ発電導入容量は世界第6位、太陽光発電導入容量は世界第3位(2020年)です。日本は国土が狭くて人口が多く、エネルギー消費量が多いため再エネ比率が増えません。再生可能エネルギーによる発電コストが高いため、コストが安いオーストラリアやサウジアラビアなどで発電し、日本まで運ぶことを考えなければなりません。
![]() 講師資料:発電電力量に占める再生可能エネルギー比率 |
水素を日本まで運ぶには、海外でつくって運ぶための技術が必要です。コスト面が大事です。
水素は気体で体積が大きく、運ぶためには高い圧力をかけて容量を小さくします。1気圧の水素1000ℓと同じエネルギーはガソリンなら0.34ℓ、水素は700気圧で1.43ℓとなります。圧力を高めるためには技術もエネルギーも必要で、容器も重く大きくなります。電池をそのまま貯めるリチウムイオン電池はパソコンや携帯電話に使われていますが、とても重く航空機などでは運べません。
e-fuel(イーヒューエル)という言葉があります。再生可能エネルギー電力でつくった水素とCO₂から製造された合成燃料で、CO₂を回収して使うため、CO₂を増やすことにならない、新しい概念です。
もう一つ、SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空機燃料)という言葉があります。回収した油を再利用してつくる燃料で、ヨーロッパの空港では一部の使用が義務化されています。
コストが安い海外で水素をつくるにはコンパクトに運ぶ技術が必要で、エネルギー密度が問題になります。水素は重量当たりのエネルギー密度は高いが、体積当たりのエネルギー密度は低いため、圧力を高めるなどして運びます。バッテリーも重く、その点の研究も必須です。電力をそのまま電気の形で蓄える電池の技術も重要です。化石燃料を改質して水素を作る、再生可能エネルギーから水素をつくる、水素を使いたいところまで運ぶのに、どのように貯蔵・運搬するのか?というエネルギーキャリアという問題もあります。
日本の年間1次エネルギー消費量13EJをすべて国内の再エネで賄う場合は、全平地の1.1倍を太陽光パネルで覆わないといけませんが、オーストラリアでは砂漠の5%で賄えます。輸入するには運ぶ技術が必要です。水素をつくる際にはグリーン水素を重視し、使うには発電効率の高い燃料電池を使う。つくる・使う技術と同様、貯めたり運んだりする技術が研究されています。
![]() 講師資料:再生可能エネルギーによる発電コストの試算(青が高コスト) |
海外でつくった水素を日本に運ぶ方法として、
①圧縮して運ぶ方法
②ハイストラという褐炭(若く不純物の多い石炭)とCCSという技術をセットにして運ぶ方法
③ケミカルハイドライド法という化学物質を水素の入れ物として使う方法
④固体に水素を吸わせる水素吸蔵合金など
があり、技術開発が進んでいます。
再生可能エネルギーを使うには、昼夜や季節差による発電量の差があるため、つくった電気を貯める技術が必要です。つくった電気を蓄電池に貯める方法には放電の問題があり、水素なり別の物質に変えて貯めておき、使う時に水素を取り出す方法など、組み合わせてシステム化する必要があります。
できるだけCO₂を出さないグリーン水素に頼りたいところですが、運ぶための技術は工夫が必要です。さまざまに開発されたシステムを総合的に開発した先に、水素を使うという社会が到来するのです。
![]() 講師資料:水素とエネルギーキャリア |
CO₂を減らすための方法として、
①CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)という大気中のCO₂を捕まえて地中に埋める方法
②CCU(Carbon dioxide Capture, Utilization)という回収したCO₂を原料として利用する方法
があります。CO₂はドライアイスやCO₂溶接などに便利で使われています。いろいろなものをCO₂からつくることもしていますし、CO₂はごみではなく資源として使うカーボンリサイクルという時代が来ていて、その際は絶対的にグリーン水素が必要になります。
回収したCO₂を利用する方法(CCUS)として、たとえば、COと水素は化学工業の原料としては非常に重要な物質で、ガソリンの成分をつくれます。そのガソリンを使って排出されたCO₂を回収してグリーン水素で循環させるとリサイクルになります。他にも、メタンを家庭用の燃料として使い、CO₂が排出されたら回収して使うメタネーションなど。また、SAFという使用したてんぷら油などを回収して使うこともあります。
まず、CO₂を回収する技術が必要です。次に、回収したCO₂をグリーン水素と反応させていろいろなものをつくる技術が必要になります。メタノールが作れれば、すでに確立された化学技術でいろいろなものにつくり替えることができます。いかに空気中のCO₂を回収してグリーン水素と反応させて目的のものをつくるか、CO₂と水素はセットにして考えなければなりません。
ジョージ・オラーが2011年に提案した循環型社会(人為的化学カーボンサイクル)にようやく社会が追い付いてきたと言えます。
「2050年カーボンニュートラル」と言われています。水素とCO₂からつくった燃料を使いましょう、電化することでCO₂排出量を減らしましょうなど、化石燃料の使用量を減らす試みがされています。植物を植えてCO₂を吸収させ減らすなどもあります。
ポイントはCO₂をどう回収するか。グリーン水素をどうやってつくるか。それを貯蔵したり運搬したりする技術も必要、また、効率よくエネルギーに変換する研究も必要です。石油や石炭をなるべく使わずに水素を中心としたシステムをつくろうと努力を重ねています。
グリーン水素を使うために、つくるところ、運ぶところ、使うところの技術とともに、回収して資源化し、CO₂の問題も解決するべくコスト的に見合うところを見つけ、未来につなげようと、社会や研究者たちは、日々研究を重ねています。
![]() 講師資料:2050年カーボンニュートラル |
「東京(多摩産材)の木でマイ箸づくり」
東京都の森と木について、多摩産材認証協議会委員で東京都消費者月間実行委員の小野清さん(生活協同組合・消費者住宅センター)から説明をお聞きし、間伐材を利用した箸づくりを行いました。
![]() 東京の森と木の話 |
![]() 紙やすりで削ると木の香り |
![]() マイ箸の出来上がり |
「メディア・リテラシーかるたに挑戦」
メディア・リテラシーかるた(NHK財団制作)は、絵札の裏にメディア・リテラシーについての解説があり、絵札を取った人が読み上げて、みんなでメディア・リテラシーについて考え楽しく学びました。
![]() かるたを前にしてみんな真剣 |
![]() メディア・リテラシーかるた |
・水素に関する新しいことを学ぶことができました。
・難しい内容をわかりやすい言葉で説明していただけ楽しく参加できました。全てを理解することは無理でしたが、水素の活用の重要性、炭素循環はこれからも気にしていきたいと思います。
・大変勉強になりました。今後の私たちの生活の様々な課題が見えてきたと思います。意識しながらの生活を心がけていきたいと思います。
・はし作りもカルタも初めてで、楽しかったです。おしゃべりも沢山できて、よい交流ができました。