~10月は東京都消費者月間です くらしフェスタ東京2022 持続可能なやさしい未来へ

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【東京のがんばる農業応援企画】

食と農セミナー イベントレポート

くらしフェスタ東京 食と農セミナー オンライン講演会
「持続可能な『食』と『農』とは ~『食べる』から考える私たちの未来~」

開催日時:2022年12月10日(土)14:00~16:00
形  式:オンライン講演会(ライブ配信)
共  催:東京都消費者月間実行委員会/東京都農業経営者クラブ
      一般社団法人東京都農業会議/
      公益財団法人東京都農林水産振興財団
講  師:下川 哲さん(早稲田大学政治経済学術院准教授)
視聴者数:81人

 「くらしフェスタ東京2022 東京のがんばる農業応援企画」では、「食と農セミナー」として、講演会「持続可能な『食』と『農』とは ~『食べる』から考える私たちの未来~」を、講師に早稲田大学政治経済学術院准教授の下川哲さんをお迎えして開催し、ライブ配信しました。
 未来の世代のための「食」と「農」のあり方と、それを実現する方策などについてお話いただき、新たな視点から「食」と「農」を考えるきっかけになりました。
 以下は、講演会の概要です。

講師の下川 哲(さとる)さん
講師の下川 哲(さとる)さん

講演会

未来の人間のための「食べる」

 「持続可能な『食』と『農』」とは何か?「『土壌』『食料』『人間』『家畜』『環境』この5つの、要素をバランスよく取り入れ健康を同時に高めるような食べ物の消費と生産である」と定義します。これらの5つの要素は見慣れた単語ですが、背景がこれまでとは違ってきています。
 「土壌」は、カーボンニュートラルの実現に向けて「炭素貯留」の役割も注目されています。「食料」は、生産性だけではなく、気候変動などの不確定要素に強い作物、さらに栄養価の高いものといった別の側面も求められます。「人間」は、これまでは消費者が中心でしたが、フードシステムに関わるすべての人間の健康を保つ仕組みが求められます。「家畜」は、健康な家畜の排泄物から良いたい肥を作り、うまく循環させるシステムが欠かせません。「環境」は、地球温暖化を防ぐために温室効果ガス削減が必要です。
 現世代の私たちは、「好きなものを好きなだけ食べる行為」が続けられる、要するに逃げ切れる世代です。しかし、これから生まれる将来世代はどうでしょうか。私たちが今の食生活を続けていくと農地や水が足りなくなって、十分な食料を作れなくなると予想されます。未来の人間のために、5つの要素をバランスよく改善していく食料の消費と生産が求められているのです。


「食べる」の今の問題、これからの問題

 現時点では何が問題なのか? 現時点では生産量は足りています。しかし食料のカロリー供給量を見ると、先進国と最貧国で大きな差があります。つまり単純な量の問題ではなく、分配の問題があるといえます。
 これから何が問題なのか? 世界の人口は、2050年までに100億人に増加すると言われています。肉食の割合が今のまま変わらなければ、100億人を養うのに現在の食料生産量の約1.2倍で足りるという試算です。しかし今後食生活の変化が起き、途上国などで肉食が40%増えると、現在の食料生産量の約1.7倍必要になると言われています。食料を作っている方は分かると思いますが、この違いはかなり大きいです。分配もですが、量の問題がどれだけ深刻になってくるかは、今後の「食生活の変化」にかかってくるのです。


健康的で持続可能な食生活

 「健康的で持続可能な食生活」の具体例として世界的に最も認められているものに、EATランセット委員会(英国の医学誌ランセットを中心とした研究者らで構成された委員会)が2019年に提案している食生活(EATランセット基準)があります。
 その基準を食べる頻度に置き換えると、牛肉・豚肉(赤肉)を食べるのは月3回ほどまで減らし、鶏肉・魚・卵などはそれぞれ週3回ほどに減らす必要があるということです。一方、穀物・野菜・果物・大豆・乳製品は毎日食べる必要があり、イモ類・ナッツ類は週1回以上食べると良いとされています。
 この基準で見ると、分配の不平等のため、国によって食生活の状態が違うということが分かります。先進国代表のアメリカは、赤肉で6倍以上食べ過ぎていて、イモ類で2倍、卵で3倍近く食べ過ぎています。一方で野菜・果物は半分程度で、足りていません。それに比べて、サブサハラアフリカでは、イモ類以外はすべての食品のカテゴリーで食べる量が大幅に不足しています(資料1)。
 日本は、赤肉・卵は最低でも約50%の削減が必要です。魚は上限・果物は下限の許容範囲ギリギリなのでもう少し改善したく、ナッツ類・乳製品も増やしたい(資料2)。それでも、他の多くの国と比べて、割とバランスが取れています。つまり、日本には世界を先導して、「持続可能な『食』と『農』」実現のために、バランスの良い食生活を普及させるポテンシャルがあるのではないかと思います。

資料1
資料1
資料2
資料2

生産技術の革新

 食生活を変えてEATランセット基準からはみ出している部分を減らすと同時に、「生産技術の革新」によって環境への負荷を減らして食べられる基準量を増やすという両方の対策が必要です。
 カーボンニュートラルの流れの中で、世界で農業政策の転換が起きています。日本でも2022年7月に「みどりの食料システム法」が施行され、中間目標として有機農業の面積の割合を2030年までに0.6%から2%に拡大し、化学農薬や化学肥料を低減することを目標に、サポート体制が整えられました。
 農地は森林に次ぐCO₂吸収源で、大きな陸上炭素プールとして注目されていますが、有機農業を取り入れて土壌を健康にすれば、より土壌炭素貯留が増えると言われています。技術の革新によって、たい肥などの有機質資材の活用や、生活排水などからのリンのリサイクルが進めば、コストの削減と同時に、カーボンニュートラルの実現にもつながります。
 近年は、農地・水・化石燃料などを大量に必要とし、温室効果ガスも大量に排出する畜産品の生産量や環境負荷を減らす技術開発も注目されています。


「人間らしさ」の壁

 このように今後の農業を考えていくと、生産者と消費者が一緒に改善に取組んでいかなくてはいけないことが分かります。今後、生産者へはCO₂削減や有機農業拡大の圧力は強まるでしょう。
 しかし一方で、消費者の食の倫理的意識や理解は低いままになりがちです。なぜなら「食べる」には「人間らしさ」が影響するからです。人間は「どれくらい減らすか」を考えるより、「食べるか食べないか」の二択で考える方が楽なので、「食べない」だとハードルが高すぎて結局、行動を変えないことになってしまいがちです。また「食べる」ことは身近すぎて、CO₂と関係づけて考えづらいこともあります。しかし、0か1かの極論で考えず、少しずつの変化でも意味があると意識してください。


未来に向けた東京の農業

 東京は人口が多いので、需要が大きく、リンをリサイクルできる排水も多いです。生産面を考えると、消費地に近い小・中規模農家が多く、特別栽培など人手が必要な有機農業の実践に向いています。さらに屋上等の緑化が多いので、それを活かして、CO₂吸収量の多い手間いらずの作物を飼料として作ることが出来ます。
 屋上緑化で生産した作物と食品ロスを飼料として畜産し、有機飼料で育った健康な家畜の排せつ物から良いたい肥を作る。そのたい肥と、生活排水から取り出したリン肥料で健康な土壌を作り、その土壌で育った有機食品を消費者に届けられます。そして消費者は肉食を少し減らした食生活をする。そうするといくつもの小さな循環システムが出来て、「持続可能な『食』と『農』」が実現します。
 これが未来に向けた東京圏の農業の理想とするイメージの1つですが、実現に向けて解決すべき課題は山積みです。肥料や飼料、作物と需要のデータをリアルタイムで共有できるDX化(デジタルトランスフォーメーション)も必要です。農家と消費者と行政が一緒に、「『食べる』を見る目」を活かして、少しずつでも社会の仕組みや生活を見直していくことが、積もり積もって大きな効果につながっていくのです。

資料

以上


参加者との交流(質疑応答)

Q:肉食をちょっと減らした方が良いとのことですが、日本の畜産業が衰退してしまうのではないですか?
A:日本の牛肉の自給率は4割を切っているので、今の消費量を半分にしても国産牛肉が全部売れるだけの市場規模は残ります。あとは消費者の選択次第です。日本の畜産を応援したいと思ったら、普段の食の選択で自分も責任の一端を担っていると考えることが大切です。また、肉の種類によっても畜産の環境負荷が違うので、総量を減らすという事だけではなく、牛肉を鶏肉にする、鶏肉を卵にする、など肉の種類を変えるだけでも環境負荷を減らすことができます。


Q:自給率とか地産地消は、「持続的な食と農」とどう関係するとお考えですか?
A:農林水産省が発表している自給率は、今のような食生活を実現するための自給率です。どういう食生活をするかで日本が達成できる自給率は変わってきます。消費者が日本の風土に合った食生活を選択すれば自給率は上がります。個人的には地産地消はすごく大切だと思っています。地産地消によって、消費者と生産者の認識のギャップがなくなってくると思います。


Q:政府や消費者のそれぞれの責任を整理してください。
A:今の日本では生産者に責任を丸投げしていると思います。農作物は、工業製品のように、農地を2倍にすれば倍になり、肥料をたくさんやれば良いというものではありません。消費者が生産者のことをもっと知り、政府、生産者、消費者みんなで責任を背負っているという考え方をすることが大切です。


参加者アンケートより

・「食と農」の問題について、様々な角度からアプローチされていて非常に分かりやすい内容でした。生産者や消費者の一方にのみ問題解決の努力を求めるのではなく、関係する者がみんなで取り組む必要があるとの説示は様々な物事に通ずるように感じました。
・ゼロ・イチの思考に陥らないと言われた言葉が印象的でした。自国で生産できる物を食べるようにする、輸入に頼らないのは肥料も同じと、分かりやすく話していただけたので、消費者として何ができるかイメージができました。全てを変えるのではなく、少し変える事にも意味がある。実践していければと思います。まずは果物を増やそうかな。
・リン肥料のリサイクルなどこれまで聞いたことのない話がたくさんあり、しかもわかりやすくお話しされてとても興味をそそられました。未来の人間のために、0か1かではなく工夫をしながら暮らしていこうと改めて思いました。
・講演内容が今まで余り考えて来なかった事で、改めてこれからの時代について責任を感じました。
・食の問題を農家の方に任せきりにするのではなく、消費者が意識を変えること、生産者を支えていくことの必要を感じました。加えて政策や費用面での行政サポートが不可欠ですが、まずは消費者が現状を把握し、危機感が共有されていないとその実現も難しいと思います。

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