もっと広げようコミュニケーションの輪 くらしフェスタ2014 10月は東京都消費者月間です。 未来につなげる消費行動 東京都と消費者団体が協働し、10月を中心に消費者問題に関する様々な事業を行います。
見て、聞いて、話そう!交流フェスタ
メインシンポジウム
特別企画
地域会場
東京の農業応援企画
グループ企画
エコプログラム
イベントスケジュール

特別企画イベントレポート

講演会|今だから!リスクコミュニケーション ―食の安全…あなたは何を信頼しますか?―


  • 日  時:平成27年2月8日(日) 13:30~15:00
  • 場  所:東京ウィメンズプラザホール
  • 講  師:神里 達博さん
        (大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任准教授)
  • 参加人数:149人

〈プログラム〉


  • 13:30 開会挨拶 笹浪 真智子  東京都消費者月間実行委員会委員長
            (多摩のくらしを考えるコンシューマーズ・ネットワーク)
  • 13:35 講演
  • 15:00 閉会

  • 司会:木村 美幸 (東京都消費者月間実行委員会 副委員長/消費生活「ポレポレ」)


 2014特別企画は、2013年度実施の「食の安全に関する消費者意識と消費行動調査」の結果をもとに企画し、連続セミナー「今だから!食品リスクを考えるpartⅠ・Ⅱ」を開催し、輸入食品・添加物・放射性物質、健康食品について、それぞれ専門家からお話を伺いました。
 食の安全に関する企画の最後として、今回は食の安全に関わる情報のあり方に焦点を当て、広く“リスク”の捉え方や、科学的情報の伝え方・受け止め方について、科学史・科学技術社会論が専門の神里達博さんの講演会を開催いたしました。
 当日あいにくの雨にも関わらず、多くの方々が参加され、豊富な知識とユーモアあふれる明快な神里さんのお話しに、熱心に聞き入っていました。


講演の概略

● はじめに

 昔は理系でバイオの研究をしていました。役所勤めを経験し、再び大学に戻ってからは、科学史・科学技術社会論を専攻しています。本日は、現代の食の問題を概観したうえで、「リスク」とは何か?を掘り下げ、さらにリスク社会論、メディアの問題などについて考えます。


● 「食」の問題の概観

「技術」は「食の安全性」を間違いなく向上させてきた…
▲画像をクリックするとPDFで拡大して見れます

 科学技術の発展で食品加工技術が発達、食の保存が出来るようになり、食の安全性を向上させてきました。しかし、経済が発展していく時には必ず偽装等の問題が起きます。歴史的に見ても、まず食べ物がおかしくなります。(イギリスの産業革命や1900年代のアメリカ、日本の高度成長期など)いわば「むき出しのモダン」の事件から、「新しいタイプの問題」が衆目を集めるようになっていきます。


 食の安全と言った場合に、いまだに一番危ないのは食中毒です。食中毒による死亡者数は、医療レベル、普段の栄養や健康の向上で1980年ごろまでには著しく減少していますが、患者数はさほど減っていません。依然として食中毒のリスクは無視できないのです。しかし、1990年代半ば以降、「食」の問題の報道量は食中毒発生件数と連動していません。大きな事件が起きると特定のテーマが集中的に報道される傾向(アジェンダ設定)が生じます。
 平成になってからも、たくさんの食品問題・事件が起きました。皆さんはどれだけ覚えていらっしゃいますか?1990年代のダイオキシンや環境ホルモン問題ではカップ麺の入れ物が紙製に変わりました。「風評被害」という言葉が初めて有名になったのはこの問題でした。2011年のユッケによるO―111事件は、8名が死亡するという大事件でした。

近年の食品不祥事のタイプ
▲画像をクリックするとPDFで拡大して見れます

 近年の食品不祥事のタイプは左記のように5つに分類できます。そのうち1~3はグローバル化による問題です。冷戦終了後、世界が一つになって貿易が拡大する一方、病気や環境汚染も拡大しました。偽装の問題は歴史をさかのぼると、すでにローマ時代にワイン偽装が起きています。食品偽装はこれからも無くならないといっていいでしょう。
 科学技術の発展によって、より「良い食」が実現しています。だが近年は科学技術の発展の負の面も無視できなくなっています。これらをどう考えるか?根底的に考えてみましょう。


● リスク

 「自分がいずれ死ぬ」ということを知っている動物は人間だけです。よってどうしても人間は未来について不安を持ち、「死」につながることを避けたがります。古代はそれについて人間が出来たことは「祈り・呪い・祝う」ことぐらいです。不確実な未来への対処は「神」の領域でした。
 “risk”の明確な語源は不明です。“risk”は「能動的に危険を冒す」ことを意味する比較的新しい言葉です“danger”「危険」とは違います。西洋史における「近代精神」の始まりは「人間が神の細かい指図から自由になっていく過程」と言えます。神から離れて、「神の理」の代替物として「科学」が動き出しました。そこで、“risk”という概念が生まれました。
 人間ではどうしようもないことが“danger”、対象に対してアクセスできるのが“risk”と言えます。自由が広がると“risk”が広がります。“risk”/自由/責任は1セットです。社会のレベルが上がるほど、“risk”が高くなり、「仕方がなかった」と言えない社会になってきました。さあ、困りましたね。
 “risk”はその前提が沢山あって、見方や知識、立場によって変わってくる政治的なものです。よって、計算の仕方や前提が違ったら、たとえ何かの数字が得られても、結果は比較ができません。


● リスク社会

 ドイツの社会学者 Ulrich Beckの本、「リスク社会」には、「社会が豊かになることでリスクが目につくようになる」と書かれています。今の日本はリスク社会になっているのでしょうか?実は“risk”に該当する適当な日本語はありません。1990年代以降、天災や事故が多発し、リスク社会化してくると、新聞記事でも「危険」より「リスク」の使用頻度が多くなっています。


● メディアとフレーミング

 我々は社会問題をメディアを通して知ります。多くの人々にとって、ほとんどの問題はメディアを通して知るバーチャルな経験です。本当にあったかわからないことでも、本当にあったと思っています。

フレーム
▲画像をクリックするとPDFで拡大して見れます

 メディアは情報をフレーム(窓枠)で切り取って報道しています。「何に注目するか」を決めているのはメディアです。本当に起きているリスクとメディアの報道量は違っています。
 また、どんなメディアを見るかによってフレーミング(問題の立て方、取り出し方)が違って来ます。喧嘩はフレーミングのずれによって起こります。フレームは客観的に見て唯一の存在ではありません。同じ現象でも様々な像、意見が流通していると考えるべきです。


● リスクに関するフレーミング

 メディア=ジャーナリズムは、科学的に危ないリスク順に報道すればいいのか?というと、問題はそう単純ではありません。ジャーナリズムは、①公平で信用できる情報を社会に伝える ②公共的な懸念や問題を議論する言論空間を作る ③政府や企業の行動を監視する という3つの使命があります。リスクの大きさに応じた報道ばかりをする訳にはいきません。専門家の意見も市民のフレーミングとはズレがあります。リスクはその立場によって、また見方によって全く違ってきます。

まとめとして
▲画像をクリックするとPDFで拡大して見れます

 では、我々はどうするのか? 「食べ物」は実際に自分が食するので、非常にリアルな経験です。自分自身にも特有のフレーミングがあることを理解し、それに基づきリスク認知をしているということを知ることが重要です。
 結論は「自分を知る」ということになります。リスクの意味は「覚悟」や「悟る」という言葉が案外近いです。現代は受け身でもって誰かのせいにできる人は、基本的にはいない時代です。
 これからどうリスクと付き合って行くのか、非常に難しい問題であり、小手先でどうにかなる問題ではありません。概して言えばおおむね我々は心配しすぎの面があります。自分の判断の「軸」となるものを自分で持つこと。それには「本当の教養」を身につけることが大事です。厳しい時代ですが、時間をかけて自分を作っていきましょう。


ページの先頭へ